El Bulli に行ってまいりました

2010年の6月、9回目の結婚記念旅行はスペインのカタルーニャ地方をまわる旅となりました。そのなかで、El Bulli (エルブリ/エルブジ)でお食事をするという貴重な体験をしてまいりました。忘れないうちに記録に残しておきたいと思います。



目次

1.El Bulli (エルブリ/エルブジ)というレストラン
2.El Bulli のテーブルに着くまで
3.El Bulli のテーブルにて

お料理については3に。



1. El Bulli (エルブリ/エルブジ)というレストラン

El Bulli はスペインのカタルーニャ地方のロサスというリゾート地からほど近い、カラ・モンジョイという小さな入り江にあるレストランです。シェフであるフェラン・アドリアによって経営されているこのレストランは、2002年にミシュランの3つ星を獲得し、イギリスの権威ある美食雑誌「Restaurant」の「世界のベストレストラン50」でナンバーワンに輝いて以来、世界中の美食家の注目を集めています。分子ガストロノミーの系譜を組む斬新な調理法から生まれる数々の料理は、「地上で最も独創的なオート・キュイジーヌ」と賞賛されています。

El Bulli は独特の営業スタイルを持っており、一年を通じて4ヵ月(年によっては6ヶ月)のみオープンします。それ以外の時期、フェランと数人のシェフはバルセロナのアトリエで次のシーズンのメニューの研究をしたり、インスピレーションを求めて世界中を旅しています。限られた期間しかオープンしないため、ひとつのシーズンに供される食事はたった8000食。これに対し、世界中から年間2万件以上の予約が寄せられており、「世界でもっとも予約の取れないレストラン」などと称されています。

参考: Wikipedia (http://en.wikipedia.org/wiki/El_Bulli

2. El Bulli のテーブルに着くまで

なにかの料理雑誌で知ったEl Bulli は、わたしたち夫婦にとってずっと憧れのレストランでした。とはいえさすがに予約は無理だろうからと、2009年にスペインのアンダルシア地方をまわる旅をした際に、同じくフェラン・アドリアが経営する Hacienda Benazuza というホテルに宿泊しました。Hacienda Benazuza のダイニングでは、El Bulli のお料理のアーカイブメニューをいただくことができるからです。

El Bulli で供される料理をオートクチュールとすると、Hacienda Benazuza で供される料理はプレタポルテと言えるのですが、Hacienda での食体験が大変劇的で忘れられないものとなった私たちは、やはりEl Bulli の予約にも挑んでみよう、となったのでした。2010年の年明けに、夫がEl Bulli に宛てて、予約のリクエストのメールを送ったところ、3ヶ月後にテーブルが用意できますよ、というお返事が届きました。飲食店の予約がらみで絶叫したのは、あとにもさきにもこの時だけでした。

ちなみに、Hacienda Benazuza はとても素晴らしいホテルでした(2013年現在は営業終了)。古い農家を改造して作った、いわゆるアグリツーリズモと呼ばれるスタイルのホテルで、スペインの伝統的なスタイルの建物がとても素敵でした。古い農具をそのまま装飾に使っていて、広いお庭には丹精されたハーブガーデンと美しいプールがあります。メインダイニングで最先端のお料理が供される一方で、ホテル全体は素朴でやさしい雰囲気。いろいろなタイプの旅行をしてたくさんのホテルに泊まりましたが、建物とお庭の美しさは、そのなかでも特に強く印象に残っています。
Hacienda Benzuza の写真はこちらに少しだけ置いてます

で、エル・ブリ。一応女性であるので、着るものについては、大変悩みました。なにしろ一世一代の世界的お出かけですから。あれこれ考えて行きましたが、実際に他のゲストを見た感じでは、スマートカジュアルが中心でした。気楽、だけどちょっといいやつ、といった感じ。

私は、悩みに悩んで、99年にイネスが関わった最後のコレクションの時期に買った Ines de la Fressange のネイビーのワンピースに、Christian Lacroix の淡いピンクサテンとヌメ革のサンダルを合わせました。バッグは、バンコクで買ったシェルの小さなカラフルなボタンがたくさんついたクラッチバッグ。おもちゃのような値段だけど、海辺らしくて良かったかなと思います。アクセサリーは、ワンピースの色に合わせて、最初の結婚記念日にプレゼントしてもらった、サファイヤの指輪を合わせました。

イネスもラクロワも、メゾンとしてはどちらも事実上破産しているので、名づけるならば破産コーディネート。雑誌風に言うと破産ガール、といったところでしょうか。結果的には場の雰囲気にちょうど良い組み合わせだったのではないかとうぬぼれています。 

夫はすべてYohji Yamamoto のコーディネート。日本人男性の海外における軽めのドレスアップとしてとてもスマートなコーディネートで、破産ガールとしてはちょっとした敗北感を感じたのでした。

3. El Bulli のテーブルにて

El Bulli が店を構えるロサスという街は、はバルセロナから車でおよそ3 時間ほどの場所にあるこじんまりとしたリゾート地にあります。ロサスのビーチから、30分ほど車を走らせた場所にEl Bulli はあります(海を見下ろす断崖絶壁の決死のドライブで、ものすごく怖かったです)。ひっそりと佇むクラシックなスペインの邸宅風の建物の門をくぐり、名前を告げるとメートルドテルの歓迎を受けた後に厨房に案内されます。

そして、厨房にはフェラン・アドリアその人が。小柄で恰幅の良い、気のいいおじさんといった雰囲気のフェランが笑顔で右手を差し出して出迎えてくれました。わたしは今、世界一の料理が生まれる厨房で、世界一の料理をつくりだす手と握手をしている、と思いながらその手を握り返したのでした。

クラシックな建物とは対照的に、厨房はとてもモダンで現代的な作りです。そこで、42人のシェフがすさまじい集中力でひと皿ひと皿を仕上げていました。ひとつのお皿に数人がかりで同時に何かをしている様子にはすさまじい緊張感がありました。

そして、入り江を見下ろすテラスへ案内され、食前酒とアミューズが供されます。ここから、食前酒も含めたトータルで34皿の作品を、およそ3時間の時間をかけていただきます。El Bulli の料理は、デギュスタシオンと呼ばれる、少しづついろいろな料理がたくさん供されるという、いわば日本の懐石のようなスタイルです。お皿の数が多いことに加え、次から次へと強烈な料理が息をつく間もなく供されては衝撃が上書きされます。全てを正確に描写することはとても難しいことなのでとくに印象的だったもの、記憶が鮮明なものについていくつかレポートしたいと思います。

食前酒は・・・

糖黍に染み込ませたモヒートとカイピリーニャを、雪山に見立てた氷の山に刺したもの。
苺のソルベを固く丸く仕上げた中にダイキリのリキッドを納めたもの。
温かいエスプーマ(泡)と冷たい液体が2層になったジンフィズなど。

そしてアミューズとして・・・

中が空洞になった球体に仕上げたアイスクリーム状のゴルゴンゾーラを手で割りながら、酸味のあるチェリーのピクルスと一緒にいただくもの。
液状にしたオリーブのエッセンスを、柔らかい球のなかに閉じ込めオリーブオイルに浮かべたもの。
生の小海老をジャスミンの香りに蒸した海藻に載せたもの、など。 

ここまでで11品。アルコールの影響以上の酩酊感がわたしたちを包んでいました。すごいところに来たものだ、と。これからどんなことが始まるのか、と。

テラスからダイニングに移動して、メインのコースが始まります。テーブルについて、最初に供されたものは紫色の小さな花。日本の花で言うと桔梗のような花がふたつ、石版に載せられて運ばれてきました。「flower necter 」というこの料理は、お花の根元に口を付けて中に含まれた花とフルーツの香りの蜜を吸い出すという、ノスタルジックな作品。あちらこちらのテーブルで、大人が花に口を付けて蜜を吸ってる姿が見られてほのぼのとした気持ちになります。

そこから続いたお料理は・・・

口に含んだ瞬間に溶けていくココナッツのスポンジ。
板状にしたジンジャーのエッセンスの上に、カラメル状にした豚の脂身とお肉を載せたもの。
松の実の三種類のペーストをそれぞれオブラート状のシートでくるんでラビオリにして、スープに3秒だけ浸していただくもの。
イソギンチャクとキャビアを緑茶の香りのスープとともにいただくもの。
ローズとアーティーチョークを蓮の花のように並べた絵本のように美しいお皿。

他には、「miso soup」や「soyamilk with soya」といった、日本食の影響を強く感じるものがいくつかあり、日本人として嬉しくなりました。ちなみに、El Bulli の厨房にも日本の方がいらっしゃいました。 

そして、メインコースの最後の皿として供されたのは、液状にした濃厚な兎肉にりんごのジュレを添えたもの。ルビーのように赤いりんごのジュレは、熱い兎のスープのなかでは溶けずに、口にいれた途端に溶け出す不思議なものでした。そしてスープは、まさに美味しい兎肉としか言いようのない濃厚なジビエの味わい。いったいどのような魔法を使ったら兎の風味と存在感を損なうことなくスープにすることができるのか、想像もつきません。 強いお肉とフルーツという定番の組み合わせを、液体とジュレという形状で組み合わせることで、フルーツの酸味と甘味がお肉の滋味を最大限に引き立てるように口のなかできれいにしっくりと混ざり合います。めまいがするような、魔法のようなお料理でした。

18 品のメインのコースを終えて、デセール。濃厚なジビエのすぐあとに出されたものは「pond(池)」と名付けられたもの。ガラスの容器に、凍った池のように透明なミントの風味のスープが薄く張ってあり、ブラウンシュガーと抹茶を散らしてスプーンで割っていただきます。お肉のあとの口直しとして出される氷菓のなかで、これほどまでに楽しくて存在感があって、そして口のなかをさっぱりさせるという使命を完璧にまっとうしたものはないと思います。

続くデセールは・・・

パイナップルのペーストをごく薄く網状にした飴に挟んだもの。
スフレのようなチョコレートのマシュマロ。
さまざまな質感のラズベリーとラズベリーのソースを絵画のように散らしたもの。

最後にギャルソンが悪戯っぽい笑顔で「Shellfish です」とだけ言ってテーブルに置いたものは、ガラスのプレートに閉じた二枚貝がふたつ載せられたものでした。そろそろと貝殻を開くと、ひとつめの貝には真珠のような輝きのやわらかい球体が。口に含むとぷちんと弾けてライチの風味のジュースが広がりました。そしてもうひとつの貝には、カルダモンを効かせたチャイの風味のジェラートが詰められていました。

こうして34品を堪能し、食後のコーヒーとともに「Morphings...」と名付けられたチョコレートの詰まった漆塗りのボックスがテーブルに置かれ、ようやく3時間にわたる壮絶な食事が終わります。めいっぱい遊んだあとのような心地良い疲労すら感じながら、テラスに戻ってしばしぼんやりとしました。

次から次へと見たこともない食べたこともない、強烈なお料理が現れては、驚いたり感動したりしているうちに自分の口のなかへ消えていくこと。それは単なる食事という行為を超越した、いうなれば芸術作品を体の中に入れていく行為とも言うべき体験でした。

味覚というのは面白いもので、その記憶を舌の上にしっかりと留めておくことができません。舌の上でどんどん味覚が上書きされていくと同時に、頭の中ではそれぞれのお皿に対する感動が積み上がっていくという、不思議な事態が自分のなかで進行していくことは、「モノを食べる生き物である自分」を強く実感するに最良の体験でした。


Author

映画と猫と旅行が好きな
70年代後半うまれの女性

★Stars

★★★★★
何度でも観たい。
★★★★
おすすめ。
★★★
悪くない。
★★
人には薦めない。

観なきゃ良かった。

Instagram

Monthly Archives